お茶を濁しているあいだに

MLA遠足のつけでアタフタ…という近況報告から、はや2か月。定期試験に学力入試、鵜匠業務(通常+突発)でアタフタしつつ、文学や批評ではなくパン作りを学んでは現実逃避をする…という感じで過ごしておりました。


このブログもtwitterまとめでお茶を濁しつづけ、本分勉強についてもお茶を濁しつづけ…という状況のなか、先週末は上京しました。春休みで授業のない時期に上京するのだからと日程には余裕をもたせ、御茶ノ水の本屋、神田やぶそば、湯島天神や神田大明神など、気がつけば、大昔におつき合いしてくれた男子とのデートを彷彿とさせる場所をめぐってしまい、おセンチな気分になっておりました。





今回の上京は、かつて好きになった男子を思うのが目的ではなく、師匠を偲ぶ会に出席することが目的でした。師匠がもうこの世にはいないということを受けとめるための旅でした。

第一部も第二部も多くの方が詰めかけていました。そんな会場の様子――第二部などはまさに立錐の余地もないという感じでした――から、バトラー、スピヴァク、ミンハからも寄せられたスピーチから、師匠がどれほど多くの人から愛され、尊敬されていたのかが伝わってくる会でした。さまざまな人や機関にとって、師匠が「宝」であったということを思い知らされる会でした。私自身についても、自分がどれほど先生のことを好きでいたのかを実感させられる会でした。


知らせてくれた友人に「えー」や「あー」という言葉しか返せなかった日から、「健康に留意して」というばかりで自分のことはなにひとつ知らせてくれなかった師匠のことで仲間とともにくだを巻くということもできず、ぽかんとしたまま過ごしてきました。追悼の会で、ゼミでともに学んだ仲間や、授業や研究会でお世話になった先生方と、師匠との思い出や師匠に対する思いを語り泣き笑いをすることでようやく、落ちつけたような気がしています。




落ちついたところで、何をするか。研究だよな・・・と、思います。師匠なら、「アンタ、めそめそしてないで論文を書きなさいよ!」などと言ってきそうだから。「ご飯なんか食べてるからロクなもんが書けないのよ」と叱られていた私は、今も食いしん坊で、パン作りにまで手を染めるようになったという体たらく。体たらくではあるけれど、食いしん坊という私のキャラクターを保ちつつ、活動をしていくつもりです。いつの日にか、「ご飯を食べ続けましたが、マトモなものが書けるようになりました」と報告ができるようになるために。