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11月9日(月)〜

11月9日(月)

「研究日」と言える日のはずが、そうは問屋が卸さず。メール書き、授業準備、非常勤講師とのやりとり、会議とそれにともなう対応。合間にちょこっと原稿とにらみあい。放課後は突発案件に関する会議で、ボコボコにされたサンドバック状態になる。

 

 

11月10日(火)

午前中に多読授業0.5、年長組の英語(この日はTOEIC対策)0.5、文法授業0.5。午後に卒業生の来訪。放課後は弁論の指導。

卒業生と話していたら、「センセイは研究研究って言ってますけど、教養科目の先生でではめずらしいですよね」というようなことを言われる。こういう見解がでるのは、Facebookで研究の進捗状況をそこで発信しているからだと思う(もちろん、学内でも研究活動に熱心に取り組んでいる方ではあるのだけれど)。「Iターンなんてことをしたのも、研究を続けるため」と自分に言いきかせ流されないようにするためにやっていることが、こちらが思ってもいなかったような印象を与えているのだなぁ…と思う。

 

 

11月11日(水)

選択授業1コマ、多読授業0.5コマ×3(授業変更のため1つ多い)。授業の合間に記録用紙のチェックをしたり、多聴用の音源の準備をしたり。放課後に弁論の練習。帰宅して原稿とにらみあい。

 

 

11月12日(木)

授業ののち、論文指導へ。

 

 

11月13日(金)〜14日(土)

弁論大会の引率。結果について思うところはあるけれど、学生たちが本番でよいパフォーマンスをしてくれたので、その点をもってよしとする。

 

教員の交流会で多読授業のことをあれこれ聞かれる。私は教育学が専門ではないので、効果を計るための実験の仕方やなんかについては知識がなく、多読の効果についての「客観的」的な数値を出せてはいない。また、他の授業による効果の可能性も否定しない。ただ、教員として「英語が嫌い」という生徒でも授業の方に向いてくれる方法を探して出会ったのが多読で、それを学生は受け入れているということ。私としては、目の前の学生が英語の方を向いてくれることをするのみ。理屈上筋が通っていることでも、学習者がその気になってくれなかったらどうにもならんじゃん…というようなことを思いつつ、「なんちゃって」英語教師な私は模索をしているのである。

 

 

11月15日(日)

長距離運転などによりゾンビ状態。こんなことを思いつつ、原稿とにらみあう。

 

 

11月17日(火)

多読0.5、文法0.5×3、年長組0.5。午後に入ってから酸欠にでもなったか、ふらふら。なんとなく不調なまま、残りの授業をし、原稿とにらみあう。

 

 

11月18日(水)

選択1、多読0.5、原稿とにらみあい。

 

 

11月19日(木)

多読0.5コマ×2、放課後に学科会議、また原稿とにらみあい。

 

 

11月20日(金)

文法0.5×2、多読0.5、やっぱり原稿とにらみあい。