Sat, Mar 13

  • 08:29  ちなみに私ですが、親元を離れて大学進学→上京して大学院進学→博論を書くつもりで、休学・留年をフルで使ってズルズルとD3を繰りかえす(オーバーの2年目くらいから非常勤も始める)→博論が書けぬまま学校に籍もおけなくなり、満期中退→専従非常勤講師生活を1年→就職
  • 08:33  正規のD3までは奨学金も仕送りももらっていたけれど、それ以降は大学の非常勤や家庭教師や予備校講師のバイトで食いつないでいた。論文があるから、月に20万ほどが手元に入るくらいの仕事量を目途にしていたけれど、いつもカツカツだった。
  • 08:37  国保は親がかりだったけれど、年金は払っていた。年金や税金を払うのはけっこう厳しくていつも懐は寂しかった。雇用も不安定ということで、オーバードクターや専従非常勤をしていた頃は、精神的にいつも不安定だった。
  • 08:40  本格的に就職活動をしたのは2年くらい。履歴書は30校くらい(記憶があいまい)に出して、面接までこぎつけたのは、就職先も含めて5校。呼んでもらったのは全部地方の学校だったから、旅費を工面するのが大変だった。
  • 08:44  留学経験も学位もないので、就職ができたのは運がよかった。TOEICTOEFLのスコアを留学経験の代わりに提示するよう求める学校もあったから、TOEICでハイスコアをとって履歴書に書いておいたけれど、留学していないのに就職できたのは幸運以外のなにものでもない。
  • 08:48  事務処理能力もあるすぐに使える人間を求めていたという現任校のニーズとたまたま合致していたので、採用してもらえたらしい。候補者には、博士も留学経験者もいたというし。
  • 08:49  おおもとの組織では女性の積極採用を唱えていて、女性限定の公募をおこなう学校もあるけれど、私の時はそういう条件はまったくなかった。
  • 11:36  私もそうです!下働きをしていたので、余計に・・・。@ayoshino CEOと見るとCOEと脳内変換されてしまう罠。職業病?
  • 11:38  翻訳はひと休み。ご飯を食べたら、ジョソウのために出かけます。むふふふふふ。
  • 16:04   -
  • 16:27  ネイルをしてもらいました。リボン形のストーンを埋めこんでもらったり。
  • 20:58  髪の毛にも色を入れてきた。うふふふふ。

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